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現代のハワイ(1900年~) | ハワイトピックス

人種のるつぼ

MELTING POT
人種のるつぼ

クックの到来からの1世紀の間に、数千人もの航海人、探検家、商人、そして宣教師たちがハワイ諸島を訪れました。その多くが長期滞在し、商売や農業といった事業を立ち上げました。1800年代初期には砂糖業や牧場が発展します。ハワイがアメリカの州となってからはさらに多くの米国人が移住しました。

メキシコ

1830年代、牧場にはメキシコからの労働者が働き始めます。ハワイ語のPaniolo(カウボーイ)は、スペイン語のEspanol の派生語と言われています。

東洋と欧州

西洋の病気がハワイの人口を激減させました。ハワイの人口は1778年には30万人と言われていましたが、初めて人口調査が実施された1850年には84,165人まで減少し、さらに1876年には53,900人まで減少します。砂糖キビ農園では深刻な人手不足となり、海外からの労働者が必要となります。

1850年代に最初の海外からの労働者としてやってきたのは中国人でした。それに続き1868年には少数の日本人が移住します。 1880年代にはKalākaua 王が移民政策に同意すると、アゾレス諸島とマディラからポルトガル人が移民しました。そして日本からも最大人数となる労働者群が日本から1880年代にやってきます。1890年代に入るとプエルトリコ人の移民も始まりました。

パイナップル農園は発展し始め、さらに多く海外からの労働者が必要となります。1906年になると多くのフィリピン人がやってきました。この移民の波に乗り、スペイン人、沖縄人、韓国人がこれに続きました。

太平洋と極東

近年の移民はサモア人(アメリカンサモアンは米国市民)やトンガ人が太平洋地域から、そしてタイ人、また難民としてベトナムやラオス、カンボジアからもやってきました。

今日の人口構成状況

ハワイの人々は、それぞれの民族の風習、振る舞い、伝統を持ち続けながら共に生活していく術を身に付けてきました。このような異なる民族の交じり合う社会の中で作り上げられた音楽、工芸、食物、ピジン語(異なる言語の使用者間で用いられる、単純化された話し方)などが、ハワイの「ローカル」と呼べるものを成しているのです。