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ハワイ王朝時代4 | ハワイトピックス

カメハメハ4世

KAMEHAMEHA Ⅲ
カメハメハ4世

統治時代(1854 - 1863)

Emma(エマ)との結婚

1854年のカメハメハ3世が亡くなった後、彼の甥でありhānai(ハナイ)の息子であるAlexander LihoLiho(アレキサンダー リホリホ)がカメハメハ4世となります。彼はEmma Rooke(エマ・ロオケ)と結婚します。彼女はイギリス人John Young(ジョンヤング)の孫娘でした。二人の間に生まれた子Albert Edward(アルバート エドワード)は4歳にして悲劇的な死を迎えます。

宗教

カメハメハ4世 とEmma(エマ) は米国よりも英国の伝統により深い感銘を受けます。島内には英国教会が設立され、St. Andrews Cathedral(セイントアンドリュー大聖堂)、'Iolani(イオラニ)スクール、St. Andrew's Priory(セイント・アンドリュープライオリー)が創設されました。ラナイ島では1850年にモルモン教が普及し始め、1865年にはLāi'e(ライエ)に広がり、そこでは寺院、大学、文化センターが建立されました。

クイーンズ病院

カメハメハ4世 とEmma(エマ) は、ハワイ人の人口激減と、病気に対する抵抗力の低さを心配していました。統治時代後半は病院建設に必要な資金集めに力を注ぎ、現在のクイーンズメディカルセンターとして知られるクイーンズ病院を設立しました。

砂糖業の発展

1860年代半ば、米国での南北戦争に船が使われてしまいます。また、北極海の海水がひどく凍りついたことによる多くの捕鯨船の損傷したことにより捕鯨業は衰えていきます。その一方で砂糖業が成長しており、次の70年、80年間はハワイ経済の柱であろうというほど伸びていました。そのためカメハメハ4世は米国へ税抜きで砂糖を運搬できるよう米国の合意を求めましたが成功しませんでした。